堀江貴文

ホリエモン父母はどんな人?兄弟はいる?子供時代の生活が衝撃だった!

ホリエモンこと、「堀江貴文さん」の家族についてまとめていこうと思います。

ホリエモンのプロフィール

生年月日  1972年10月29日

出身地  福岡県八女市

血液型  A型

学歴  東京大学文学部中退

ホリエモンの父親

ホリエモンの父親のプロフィール

名前  堀江奉文(ほりえ ともふみ)

年齢  77歳or76歳(2020年6月時点)

仕事  トラック販売会社・佐賀支店

7人兄弟の末っ子

ホリエモンの父親の人柄

堀江さんの父・奉文さんは、高校は九州で一番の進学校に通い、卒業後はトラック販売会社に勤めました。

勤めていた会社は早期退職し、のんびりした生活を送っているそうです。

 

堀江奉文さんは野球がとても好きで、近所でも有名な巨人ファンでした。

巨人戦がある日には、仕事から帰ってきてビールを飲みながら野球を見るのが習慣だったそうです。

巨人が負けた日は機嫌がすごく悪くなるそうで、堀江さんに対して「肩を揉め」「背中を踏め」など、家族に強く当たることは日常茶飯事でした。

普段は無口ですがお酒に酔うと「せからしか(うるさい)!」が口癖で、

堀江さんは幼い頃から父の機嫌に振り回されていました。

堀江さんはそんな理不尽な父親に反抗したことがありましたが、

不器用な奉文さんは理屈でかなわないと、手をあげられたり、庭の木に縛り付けられたりしたそうです。

 
 

奉文さんは本などはまったく読まないらしく、

九州一の高校を出ていますが、「教養という言葉とは無縁の人」と堀江さんは言います。

父から褒められたことが一度もなく、現在でも仲はいいわけではないそうです。

ライブドア時代、逮捕されたときでも「まあ、がんばれ」といった手紙が1通来ただけだったそうです。

 

ホリエモンの母

堀江さんの母親は、奉文さんの7歳下であり、現在(2020年6月時点)の年齢は69歳or70歳です。

いいイメージのない父・奉文さんでしたが、

堀江さんにとっては母親の方が天敵だったみたいです。

「父は団塊世代の普通の考え方を持つ、普通の人。黙っていれば害はないんです。やっかいなのは母でした」

(出典:NEWSポストセブン)

 

堀江さんの母は専業主婦ではなく、働きに出ていましたが、何度も職を変えていたそうです。

堀江さんの両親は共働きに加え、堀江さんへの関心が薄いため、

両親とも授業参観には一度も来たことがありませんでした。

「なにせ田舎ですから、両親が共働きという家庭は、当時はかなり珍しかったですね。授業参観に両親が来たことは一度もありませんでした。両親にとっては、仕事を休んでまで参加するイベントではなかったのでしょう」
(出典:NEWSポストセブン)

 

堀江さんの母は、最終的には、障害者施設などを経営する福岡県筑後市の社会福祉法人の理事を務めていました。

同法人のグループ企業に勤めていましたが、設立者に気に入られ、出世していきました。

堀江さんが小学1年生の頃、柔道を無理やり始めさせました。

堀江さんを頑健な男に育てようという意図があったのかもしれませんが、

自転車で30分かかる警察道場に、週3日を小学校の6年間堀江さん自身に通わせたそうです。

 

堀江さんは、母親のことをコニュニケーションが苦手な人と言っていますが

還暦を過ぎた母は相変わらず、息子とのコミュニケーションが苦手のようだ。

「母が還暦を迎えた時、ぼくに急に電話してきて『車を買い替えようと思っているの』とか言うんです。生返事のまま聞いていたら、『還暦だから赤がいい』って。なんの話かわからず聞き返したら『もういいっ!』って怒って電話を切る。素直に『還暦祝いに車が欲しい』と言えばいいのに、それが言えない人なんです」
(出典:NEWSポストセブン)

 

函館までGLAYのライブに一緒に行くなど、現在の仲は良いみたいです。

 

堀江さんがライブドア事件から出所してからの初めてのテレビ番組「解決!ナイナイアンサー2時間SP」に出演し、堀江さんの母からの手紙が話題になっていました。

「現在のように子育て支援のなかった時代で、じいちゃん、ばあちゃんに預けられて、寂しい思いをさせてしまったと思います」
「小学生の頃”お母さんは100点をとっても褒めてくれない”と言っていたけど、一緒に喜んでいたし褒めていたよ。でも一緒にいる時間が足りなかったんだよね」
「大学(東大)に合格したとき、”まぐれです”と私が誰かに話しているのを聞いて”まぐれじゃない!”と怒っていたけれど、あなたが頑張っていたことはちゃんと知っていたし、本当は自慢したかったの」

「あなたの事業のことを”額に汗していない”と批判されても、寝ないで仕事していたのも知っていたし、事件の時も、自分の信念を通してくれることを願い、そのとおりに貫いてくれたことを誇りに思っているよ」

「苦労して育ててよかったと思い出すこともあるし。もう十分、恩返ししてもらったね」

「中学の頃、(私が)熱を出して寝ている枕元に”弁当作ったよ”と置いてくれたこと・・・ありがとう」
(出典:livedoor blog)

ホリエモンの両親は仲が悪い?

堀江さんの両親の夫婦仲は悪かったそうです。

堀江さんの実家の近所の住人への取材によると、堀江家は家庭崩壊しており、現在実家には父親のみが住んでいるということが分かりました。

近所の住人によれば堀江家は数十年も前に家庭崩壊しており、現在実家には父親のみが住んでいるとのこと。
(出典:exiteニュース)

堀江さんが小さい頃、家族で出掛けるときも母だけは一緒に来なかったとそうです。

ちなみに、堀江さんの実家は、

  • 敷地300坪
  • 戦後手作りで建てた平家
  • お風呂はドラム缶風呂

 

ホリエモンの兄弟はいる?

 

堀江さんは一人っ子のため、兄弟はいません。

ホリエモンの子供時代の生活が衝撃!

堀江さんの子供時代の生活が可哀想と思ってしまうほど、衝撃的でした。

ホリエモンの小学生時代

堀江さんの両親は共働きのため、堀江さんが学校から帰ってきても家には誰もいません。

田舎に住んでいたため、友達の家までは遠く、友達と遊ぶのも困難な状況でした。

そのため、堀江さんが小学校低学年のころの過ごし方は、家にあった唯一の本、百科事典を「あ」から「わ」まで、隅から隅まで読むことでした。

そんなこともあり、学校のテストではいつも100点で、勉強は簡単でつまらないと言っていました。

そんな堀江さんに転機が訪れます。

堀江さんが小学3年生のときの担任の先生が久留米の「全教研」という進学塾に行くことを勧めました。

それまでの堀江さんは、塾はお金持ちの子供か勉強のできない子供が行くところと思っていましたが、

小学4年生から先生の勧め通り塾に通い始めました。

すると、刺激的な友達とも出会え、講師陣の教え方もうまく授業のレベルも高かったため勉強が楽しくなり、さらに知識を増やしていきました。

ホリエモンの中学生時代

そして、着実に学力を上げていった堀江さんは福岡で一番の中学校『久留米大学附設中学校』に合格します。

その頃、「つくば万博」が開催され、科学やSFが話題になっており、コンピューターに強い関心が向けられていました。

堀江さんは中学の合格祝いに、親にパソコンをおねだりました。

きっかけは映画「ウォー・ゲーム」を観たことからであった。1985年はつくば万博が開催された年で、子どもたちは科学やSFに強く関心をもっており、貴文も科学雑誌を読み漁っていた。そして話題の中心にあったのはいつもコンピュータだった。
(出典:)

 

パソコンを手に入れた堀江さんは、毎日深夜までプログラミングをし、パソコンにどハマりしていきました。

これが、のちに堀江さんが実業家になる最大の転機となっていきます。

中学2年生の頃、塾のパソコンを全て新しいパソコンに入れ替えるから、教材システムの移植作業をやらないかと塾講師から頼まれるほどに。

こうして堀江さんはITの道へ進んでいきました。

 

まとめ

ホリエモンこと、「堀江貴文さん」の家族、子供時代のエピソードについて紹介してきました。

堀江さんは一人っ子で、親は共働きで、孤独に過ごす時間が多かったこと。

子供の頃から学ぶことに意欲があり、頭が良かったこと、などが分かりました。

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